幽霊猫


もう一か月も前の話だけどLIFE!って映画を観てきた。面白かった。
特に印象深かったのがGhost catのくだり。
本当に心の動く瞬間に出会った時、彼はシャッターを切らず息を呑む。
そしてその一瞬を写真に収める事なく、自分の胸にだけしまうそうだ。
これで思い出したのが、三島由紀夫の金閣寺の話。

寺の住職の跡取りである主人公は、常々父から金閣寺の素晴らしさを説かれる。
思い描くその荘厳な様相は、頭の中で次第に光を放ち、主人公を虜にする。
だけど実際に実物を見ると、空想していた時ほどの感動が無い。あんなに憧れてたのに。

色々あって金閣寺の奉公に就き、毎日眺める毎にその疑問は影を増していく。
そんな中、いつも眺めてる金閣寺が美しく光を放ち始めたように感じられた。
一体なぜ?よく耳を澄ますと尺八の音が聴こえる。
そして主人公は気付く。
永遠に鎮座し人々を魅了し続ける金閣寺に「音楽」という「終わり」のある要素が付随されたからだって。
無限に存在して当たり前の要素に、音楽という有限要素がくっついた時に初めて、本当の意味で「輝く」ことに気づく。

で、まぁ色々ありまして、また光り輝いて見えるタイミングがあった。
尺八要素は無い。
ただ、敵国の戦闘機が焼夷弾落としてる。
これもまた、戦火で焼け落ちるっていう有限要素が付く事で
その美しさに急激な拍車がかかるんですね。

ネタバレになるけど、このあとこの主人公は金閣寺を燃やします。
理由はお察し。
この話を受けて私は、写真や写実絵画にさほどの魅力を感じなくなってしまいました。
流れるものを切り取って、永遠に額の中に収めてしまうわけだから。
上手だなー綺麗だなーとは思うけど、何となく曇って見えてしまうのは
他でもない三島の所為なわけです。

そして時の流れの中にポツンと身を置く有限のソレに対して覚えた感動はその時点で最高潮であり、
いくら思い返そうが、時を経て改めて見ようが、その時感じた感動には勝てっこないんだな。
動けるうちに世界中で色んな綺麗なもの見て回りたいもんだ。と、Ghost catのくだり以外のシーンも相俟って強く思えた映画でございました。
おしまい。